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2018-12-19 12:23 因縁のある霊障の防ぎ方 2

 因縁のある霊障の防ぎ方 2

 

 

こんにちは。朱龍です。

このところ霊障の払い方についてのべてきました。

前回は、因縁のある霊障に絞って話ましたが、

今回も、その人だからこそのメッセージ(霊障)について話してみます。

 

つまり、ご自分自身に因縁があるので、自分みずからが解決する方法を

探って頂きたい内容です。

 

くっきりと足に記された子供の手

 

随分前のことですが、その頃私は出張の多い生活をしていて、

なかなか同窓会や女子会に顔を出せないでいました。

友達とは夜間電話で長話がせいぜいだったのですが、

10年以上会えていない友達が偶然にも、私の出張日と一緒に

同じ地域に泊まることなったのです。

 

絶好のチャンスとばかりに、同じホテルを予約し、

久々に学生時代にもどった気分で、たっぷりおしゃべりして寝付いた頃です。

 

深夜、「ぎゃぁ・・・」という尋常ではない彼女の悲鳴で飛び起きました。

その後、枕元の電気を付けたその先に、凍り付いたように座り込んだ

彼女を発見しました。

 

視線は自分のふくらはぎを凝視したまま、彼女は恐怖で声も出ない様子です。

 

何が起きたかもわからず、私も恐る恐る近づいて足を覗いてみると、

彼女のふくらはぎあたりに、もみじのような小さい赤い手形が付いているのです。

 

「・・・」しばらく無言が続きましたが、「触られたの・・」と彼女。

私が触ってみると、彼女の足はじっとり汗ばんでいて、手形がついたままでした。

 

 

般若心経で手形が消える!

 

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その後、カチカチにこわばっている彼女に水を飲ませ、落ち着かせて、

 

私はいつものように「般若心経」を大きな声で唱えながら、

彼女のふくらはぎをさすっていきました。

旅先での異常な体験は多くあるものですが、

いつの頃からか私は「般若心経」を唱えることで、

私はその場を清め、自らの心を整えてきました。

 

今回も唱え終る頃、全身がこわばっていた彼女の体も柔らかくなり、

なにより、足についていた赤いもみじのような子供の手形も消えていました。

 

足の手形がはっきり残るというのは、本当に不思議な体験でした。

彼女にとっても、勿論初めての経験だということです。

 

その晩は、二人とも朝早くから仕事があるので、この件には触れず、

お布団をくっつけて手をつないだままで寝いりました。

 

驚いたのは朝あけて、カーテンをひいた時です。

 

目の前に広がったのは、ホテルを囲むようにギッシリ並んだ墓地でした。

 

昨夜は二人とも部屋についたのが遅かったため、カーテンはすでに閉められ、

坂の上のホテルだとしか認識していませんでした。

 

その時はじめて私達は、多くの霊のねむる墓地に隣接した場所で、

休んだことがわかりました。

 

 

母を慕わない子はいない

 

その後、しばらくして、夜に彼女から電話が入りました。

「本当に怖かった!」「あの時の子供の手の感触が未だに忘れられない!」

「いつ、また襲われるかわからない!」「どうしてあんな恐いことが私だけ・・」

思い立つほとんどを吐き出した後、「私、子供をおろしたことがある・・」と

彼女は打ち明けてくれました。

 

いくら友達でも、プライベートなことは、こちらからは聞けないでいたのです。

 

この世の光を受けていない魂は、想いだけで何かを動かすは持ちません。

ただ、戦争や災害などで、同じ想いの魂が多く集まるような条件が揃うと、

生きているこの私達の世界にたいしても、微弱ながらもなんらかの

働き掛けができるようになると聞きます。

 

長崎は墓地の町といわれるように、坂に沿ってぎっしり墓地がならんでします。

日常でも、住民の人は墓地の間をぬって、通勤通学をすることになんの抵抗も

ありません。

お盆には死者の魂を楽しませるために墓地で、それぞれが花火をあげたりします。

 

死者と生きている人間が共存して成り立っているまちです。

 

 

「怖い」とばかりいう彼女ですが、どうしてそんな現象にあったのでしょう?

 

昔から「水子の祟り」という言葉が使われますが、

まだこの世の醜さや苦しみを知らない、純粋な魂が、どうして自分の

唯一の母親を恨むことがあるでしょうか。

 

確かに、この世に生まれてくるチャンスを奪ったのは母親ですが、

なんの事情もなく愛しい自分の分身を切り捨てることなど、

そう簡単にできるはずはありません。

 

たとえどんな事情があろうと、純真な魂は、自分の肉親を恋い慕うものです。

 

「怖い!」と思うのは、自分のしたことによる、うしろめたさのせいです。

ただ、今生で出会うことがなかったとせよ、

母と子は強い絆で結ばれているのです。

 

あの長崎のホテルの夜、彼女を慕って現れていたのは、

そういった報われない子供の魂の集まりだと思います。

たまたま、自分の子供をそうやって葬ってしまった彼女の心情に

母を慕う子供の魂がより集まって結びついてしまったのでしょう。

 

生まれていたらどんなに可愛い子供として、母に甘えていたかわかりません。

 

今はもう叶えられないとはいえ、幼い子供達のそれぞれの魂には、

みんな甘えたい対象があったはずなのです。

 

電話口で、彼女は泣きだしてしまいましたが、その時の彼女の胸には

温かい人間の血、母としての慟哭が流れだしたと私は確信しました。

 

側に感じていてあげる優しさ

 

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人がこの世でいきていくには、誰もが言うに言えないほどの

悩みを抱えているはずです。

 

それほで、生きるということは過酷で厳しいものです。

 

大切な命を自ら滅ぼしてしまった後悔や申し訳なさは、今更言葉で表せません。

 

でも、決して「呪いや祟り」などというおぞましい言葉でかたづけないでください。

 

死者と生きている人間の「あわい(境界)」にさえ、温かいまなざしを注いでください。

 

せめて「一緒に生きれなかったけれど、私のなかで生きていきましょう」と

母なる人が受け入れてあげれば、母親も罪の意識に悶えずとも生きていけるはずです。

 

儀式的な供養も必要かもしれませんが、私はなによりこのような因縁のある人は、

自分のなかにこそ、それらの魂の住処を与え続ける覚悟が必要だと思います。

 

 

私達女性だけが苦しむことのないように、ご自分の性を大切にしてくださいね。

 

 

ご相談事は、またお電話でお待ちしています。

 

電話占いアクシア 朱龍。

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